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推薦文 

筆者が大腸内視鏡に初めて触れたのは1970年、場所はロンドンのSt. Mark病院であった。挿入法などは存在せず、眼前の孔に向って押しの一点張り。これは人間の本能として当然の行動であろう。最初からセデーションを使っていたので患者は苦しまなかったが、セルシンを合計120mgも静注した結果、翌日まで眠いという患者がいたり、ループ形成防止の目的で鉗子孔に挿入したピアノ線がスコープの外に突き抜けたり(幸い腸壁には達しなかった!)などなどの珍事を経験した。当時ニューヨークMt. Sinai病院のDr. ShinyaCFの名手として世界的に有名であったので、帰国時にわざわざCFを見学するために立ち寄った。わずか23例だったが目から鱗とはあのことだろう。スコープのひねりと引き戻し(押してダメなら引いてみな)という、基本的な技術を初めて目にした時の衝撃は今でも憶えている。一緒にCFを行っていたDr. Williamsに直ちに手紙で報せたものだ。
 

帰国してからはスネアーの材料を片手に(当時はスネアーは市販されていなかった)ポリペクトミーに熱中した。Dr. Shinyaの所に留学してその技法を伝える若者も現れ、学会では盲腸への到達率、到達時間が秒単位で競われた時代であった。ところが、今やCFはルーチンの検査法として定着し、大腸癌死亡数が男女ともに増加の一途をたどっている現状からみても、CFの重要性は増す一方である。しかし、その技術的困難さと患者の苦痛(被験者のネガティブキャンペーンの影響は大きい!)のために、普及には様々な問題が残っていることも事実である。
 

CF挿入法の技術書は多々あるがいずれも超有名人によるもので、立派な教科書であるが必ずしも優れた技術書とはいい難かった。本書はそれを見事に解決したユニークな本である。5人の達人がそれぞれの(ワザ)と工夫を、図解あるいは写真によってヴィジュアル化し、読者に分りやすく伝えることに成功しており、この従来にない新しい試みが新鮮である。学会ではあまり名の知られていない5人のエキスパートが、別々に各章を担当して各人の技を示しているのが、本書の最大の特徴であり優れている所である。現場で活躍している人の話は説得力に富んでいてためになる。修業中の医師の体験記もユニークで面白い。空気を入れずたわませずに直線的に挿入する(無送気軸保持挿入法)、という大目標を達成する為の工夫が少しずつ異なる所が興味深く、読者にとっては大変ためになるに違いない。CFの世界からすでに遠のいて久しい筆者にとっても、図を眺めて“ナルホド!”とうならせる内容が少なくない。
 

ちなみに本書の中の3名(大西、武神、多田)が東大病院大腸肛門外科の出身であることに驚かされた。筆者の退官後に大腸肛門外科に加わった若者達がこの様に成長し、市井の臨床家としてその成果を世に問うとは何と素晴らしいことだろうか。大学病院や大病院の医師ではなく、開業医達が本書をまとめたその心意気に敬意を表したい。多くの市井の医師達が本書の執筆者達を手本にして、その技術を習得することが大腸癌の早期発見に大きな役割を果たすに違いない。少数の名人によってではなく、多数の一定レベル以上の技術によって、より多くの人々が恩恵を受けることが医療として意味があるのだと思う。日本にもこの様な臨床家がついに現れたことへの大きな賞賛と共に、本書をすべての大腸内視鏡医に推薦したい。

癌研有明病院

メディカルディレクター

武藤徹一郎